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信州の静かな里山 長野県 鹿教湯温泉 斎藤ホテル

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斎藤コラム

  • 【新レストラン連載コラム⑨】器のこと~立川玄八さんについて

    2024/01/30

     

    連載第9回目は、「Restaurant渓」の料理を盛り込む「器」についてお話します。

     

    新レストラン開業を進めていく中で、「『信州のおもてなし』コンセプトにレストランをオープンするにあたって、食材を信州産にこだわるなら、器にも信州産を使いたい」という話が出てきました。この話をきっかけに、作家を探していくことになりました。そして出会ったのが、2人の作家さんと1組の作家さんでした。

     

    出会いはクラフトマーケット

    まずご紹介したいのは、諏訪に工房を構える立川玄八さんです。

     

    立川玄八さんの白いリム付フラットプレートは、シンプルな佇まいでありながら、強い存在感を放ちます。今回レストランで使用しているのは灰釉の淡い風合いと、立たせた縁のシャープさのバランスが美しい丸皿です。

     

    立川さんの作品との出会いはクラフトフェアのマーケットでした。数あるお皿のなかから立川さんの作品が目に留まり、名刺を頂くと諏訪に工房を構えていらっしゃるとのこと。そこでRestaurant溪のシェフである斎藤と責任者の岡崎、企画広報の西澤で工房を訪ねることとなりました。

     

    車でおよそ1時間と少し。メイン通りを少し入った、古民家を改装したカフェや神社、蔵などが並ぶ場所に立川さんの工房「石の如く」がありました。
    中に入ると歴史を感じる日本家屋で、土間があります。和室には完成した作品がずらりと並んでいました。

     

    この頃はまだメニューの開発中だったので、お料理のイメージを膨らませながら、お皿を選んでいきました。その中でも目を引いたのが、リムのついた白いお皿でした。

     

    様々な大きさ、リムの高さ、裏の足のつき方など参考にしながらこちらのイメージを伝え、
    今の「直径28センチ・足なし」の白色リム皿の制作をお願いしました。

     

    想像をはるかに上回る難しさ

    実は最初にお皿の相談をした時から「とても難しい」と、Restaurant溪の座席数にあった量を用意できるか心配されていました。

     

    焼き物をよく知らない人間からすると「そうはいっても大丈夫なんじゃないか」と思っていたのですが、想像はるかに上回る難しさで、立川さんもレストラン責任者の岡崎も完成を半ば諦めかけるほどでした。

     

    『直径28センチ、裏に足をつけず、リムを立たせて焼く』

     

    文字にすると簡単ですが、釉薬のガラス質と土の部分では窯の中での接地面で温度の違いが起こるため、とても割れやすく、実際に「焼いてみたところ割れてしまった」とのご連絡が二度ほどあり、困難を極めておりました。

     

    もう間に合わない、無理かもしれないと思っていたところ、オープン3日前に立川さんに納品いただいた時の感動は、今でも忘れられない思い出です。

     

     

    シャープな造形と手仕事の痕跡

    完成したリム皿は少し灰色かかった乳白色で、ところどころにある濃い灰色の部分は釉薬を掛ける際に手で持つことによってできた指の跡です。「本来ならば跡は付けずに綺麗にするのでしょうが、あえて残し、どのように作ったかが追体験できるようなものが好きで」と立川さん。

     

    縁の角を立たせた緊張感のある造形と、偶然が生み出した模様のバランスが、手仕事ならではの味わいを生み出しています。

     

    どんなお料理にも合う器です。Restaurant渓で、ぜひ料理が盛りつけられた時の佇まいも楽しんでください。

    (文:企画担当 西澤 佑奈)

     

     

    →Vol.10は2/9公開予定です。お楽しみに!

     

     

  • 【新レストラン連載コラム⑧】レストランスタッフと地元のワイナリー巡り

    2024/01/12

     

    連載第8回目の今回は、「Restaurant渓」の大きな柱のひとつ、地元産ワインについてお話します。

     

    ここはワインの名産地

    鹿教湯温泉の周辺地域は、降水量が少なく日照時間が長い気候と土壌の質が適していることで、ワイン用ブドウの生産適地になっていて、ここ十年くらいで急速に栽培が盛んになりました。

     

    特に「千曲川ワインバレー」と呼ばれる、千曲川の河岸段丘になっている上田・東御・小諸地域にワイナリーが集中し、高品質のワインを産出するようになってきています。2022年の日本ワインコンクールの「欧州系ブドウ品種」赤ワイン部門で金賞をとった7銘柄のうち、なんと5銘柄がこの地域のワインでした。

     

    いろいろな経歴の作り手がこの地域に移り住んで、あらたなワインづくりにチャレンジを重ねているところです。多くが小規模ワイナリーで、個性的なワインが続々と誕生しています。

     

    この地域に限らず長野県全域を見渡しても高品質ワインの生産は加速しており、前述のコンクールで長野県産ワインの占める割合が大変高くなっています。そういった背景もあって、新レストランではワインをすべて長野県産に絞り込んで提供することとしました。

     

    そこで、オープン前にレストランのスタッフといっしょに研修をかねて周辺のワイナリー巡りをしてきました。朝と夜のレストラン営業の合間を縫った、総勢8人のワインをめぐる小旅行です。

     

    スタッフとともにワイナリーを巡る

     

    ◆シャトー・メルシャン椀子(まりこ)ワイナリー(上田市)

    最初に訪れたのは上田市丸子地域にある「シャトー・メルシャン椀子ワイナリー」。鹿教湯温泉に一番近いワイナリーで、上田市に合併する前の丸子町時代から応援しているワイナリーです。何年も前からお客様を連れてブトウの収穫体験などをしています。今回のレストランでもっともお勧めするワインです。小規模なワイナリーが中心のこの地域のなかで最大規模を誇っており、ワインの生産過程が見学できるようになっていて、スタッフの勉強にはもってこいです。

     

    このワイナリーの「シラー」が前述のワインコンクールで金賞を受賞しています。日本でシラー種ワインは非常に珍しいです。

     

    金賞を受賞した「椀子シラー」。

     

    少しだけブトウの味を確かめさせてもらいました。皆の感想は「思っているより甘くておいしい!!」です。そうなんです、糖分を発酵でアルコールに変化させるため、ワイン用のブトウは食用よりも糖度が高くて甘いのです。出来上がるワインは渋いのに不思議ですね。

    ワインができる土壌と風、空気感を全身で感じることができました。この体験がお客様への良いサービスへつながると信じています。

     

    ◆はすみふぁーむ(東御市)

    次に向かったのは、上田市のお隣にある東御市の「はすみふぁーむ」さん。
    「日本一小さなワイナリーが世界を目指す」をスローガンにしたワイナリーは2010年に設立されました。代表の蓮見喜昭さんは10代で渡米し、その後も世界を放浪するなどユニークな経歴を持った方です。一番お忙しい時間に訪ねましたが丁寧に説明してくれました。

     

    ピノ・ノワールが今回のレストランのペアリグワインの一つに入っています。梅の香りがほのかにして懐かしさを感じさせるワインです。

     

     

    ◆Rue de Vin(リュードヴァン/東御市)

    大人気ワイナリーの一つで、2021年度にリリースされたものは仕入れが間に合わないほどでした。2022年リリース分はしっかり確保することができました。

     

    真剣に試飲しています。

     

    運転手の私は飲めなかったので、マスコットの黒猫ちゃんと戯れていました。

     

    ◆《番外編》アトリエ・ド・フロマージュ(東御市)

    ワイナリー巡り番外編として東御市のチーズ工房にも立ち寄りました。ここ「アトリエ・ド・フロマージュ」でつくられたブルーチーズを、「Restaurant渓」の料理の素材として使っています。1982年に創業し、世界のチーズコンクールで何度も受賞している、実力のあるチーズ工房です。特に青かびタイプの「ブルーチーズ」「翡翠」が抜きん出ています。

     

    ◆ドメーヌ・フジタ(小諸市)

    2021年にオープンしたワイナリーで、代表の藤田正人さんは元高校の教員です。2016年から小諸市でワイン用ブドウの栽培に従事されてきました。標高850~900mの荒地を開墾し、とっても眺めが良い高原の住宅街にワイナリーが存在しています。

     

    ……今回レストランスタッフと回ったワイナリーはほんの一部です。この地にはたくさんのワイナリーが存在し、その数は年々増加しています。作り手は個性的なワインを生産しようと日々研鑽を重ねています。私たちも一生懸命情報を入手して、良い状態でお客様へ提供できるように日々勉強しなくてはならないと、決意を新たにしました。

     

    【リンク】

    ◆日本ワインコンクール2022 受賞ワインリスト http://chrome-extension://efaidnbmnnnibpcajpcglclefindmkaj/https://www.pref.yamanashi.jp/jwine/2022fol/02-01%202022result%20VR.pdf

    ◆シャトー・メルシャン椀子ワイナリー https://www.chateaumercian.com/winery/mariko/

    ◆はすみふぁーむ http://hasumifarm.com/

    ◆Rue de Vin https://ruedevin.jp/

    ◆アトリエ・ド・フロマージュ https://www.a-fromage.co.jp/

    ◆ドメーヌ・フジタ https://www.nukajiggfarm.com/index.html

     

    →Vol.9は1/26公開予定です。お楽しみに!

  • 【新レストラン連載コラム⑦】トマトとの出会い

    2023/12/30

     

    オープン2年目に入った「Restaurant渓」に込めた思いを綴るシリーズの第7回目は、さまざまな地元食材の中からとっておきのトマトについてご紹介したいと思います。

     

    工夫されつくされているトマト

    トマトは家庭菜園で簡単に栽培できます。ポットに苗を植えてベランダで手軽に栽培でき、そこそこの品質のものが素人でも収穫できます。トマトの品種や栽培方法はかなり研究されていて、ここ上田市のでもトマト栽培を手掛けている農家さんは多いです。実際に味わってみると、どのトマトもそれなりに味があり、美味しくないトマトを探すのに苦労するくらいです。スーパーでも果物のような甘いトマトは普通に売られています。

     

    ですので、なんとなくトマトについては工夫もされつくされ、今まで以上に美味しいトマトを地元で入手することは不可能だろうと考えていました。

     

    ところが、ちょうどレストランをオープンするタイミングで、とんでもないトマトに出会ってしまったのです。それもなんとレストランから2キロも離れていない場所で生産がはじまっていました。まさに「灯台下暗し」です。ある女性が思いもよらない方法でトマト生産をはじめていたのです。

     

    温泉旅館からエステと酵素風呂、そして……

    「かぐやふあーむ」のトマトを育てているビニールハウス前にて。

     

    その女性がトマトを栽培しはじめるまでの経緯がなんともドラマチック。彼女は鹿教湯温泉のすぐ隣の大塩温泉の旅館で、地元でも有名な美人3人姉妹の長女として育ちました。私の2歳年上で小学校・中学校が一緒です。

     

    大塩温泉の旅館を先代から引き継いだ後、紆余曲折を得て、整体の資格を取得した後、大塩温泉でエステ店を経営しはじめました。鄙びた田舎にいきなりエステのお店を建てたものですから、地元でもかなり驚かれました。地元をすこしでも盛り上げたいという気持ちが強かったのだと思います。

     

    私は腰が悪かったため彼女の整体にしばらく通っていました。整体の腕はとてもよくて、私のゆがんだ骨盤も数年かけて矯正してもらい、おかげマラソンやトライアスロンに出場できるまでになりました。

     

    そのエステでは整体とともに「酵素風呂」というものを導入していました。おがくずを酵素で発酵させてその熱で身体を温めるというものです。じんわりと芯まで身体が温まる酵素風呂はなかなか人気で、事業は軌道にのったかのように見えました。ところが、コロナによって経営が厳しくなってしまったのです。

     

    バイタリティーが生んだ破格なトマト

    「Restaurant渓」で提供している「かぐやふあーむ」のトマトを使った一皿。

     

    先が見えない状況と売上減少にだいぶ悩んだのでしょう。バイタリティーがあり事業センス抜群の彼女は知人の協力を得て、なんと、その発酵おがくずを使ってトマトを栽培しはじめたのです。それも完全無農薬。農業についてまったくの素人がハウスを建て、人を雇用し、1年を通じて安定して出荷できる環境までつくってしまったのです。彼女の決断の速さと実行力には本当に驚かされます。

     

    彼女を動かしている動機は「無農薬で美味しいトマトを通じて多くの方に健康を届けたい」という願いと、「地元をなんとか盛り上げたい」という切実な気持ちです。2歳年上の幼馴染のようなものですが、経営者として尊敬している人の一人です。

     

    もちろんトマトはずば抜けて甘く美味しい。お客様にはそのトマトの甘さや食感を純粋に楽しんでもらいたい。そして、背景にある彼女の想いを感じ取ってもらえると、さらにそのトマトが味わい深いものに感じてもらえるのではないかと思っています。

     

    Restaurant渓で彼女のトマトを味わっていただき、ご興味がある方は、整体や酵素風呂もぜひお試しください。より、コンディションがよくなること請け合いです。

     

     

    【リンク】大塩温泉と酵素の力で、主役級においしい 「かぐやふあーむ」のミニトマト(Restaurant渓 信州の“おもてなし”Blog)

    https://saito-kei.jp/news/page/2/

     

    →Vol.8は1/12公開予定です。お楽しみに!

     

  • 【新レストラン連載コラム⑥】メインのお肉に悩む日々

    2023/12/15

    Restaurant渓で提供している鹿肉料理。

    オープン1周年を迎えた「Restaurant渓」に込めた思いを紹介するシリーズ、第6回目です。今回は、コースのメイン料理で使う「鹿肉」についてお話したいと思います。

     

    コース全体のバランスで頭を悩ませる

    なんといっても信州を代表するお肉といえば、リンゴで育った「信州牛」です。食感や味もかなりレベルが高く、安定して仕入れることができます。

     

    そこで、信州牛の各部位の試食をしながらメイン料理の検討を重ねました。

     

    しかし、です。かなりレベルの高い牛肉でも、コース全体のメインとして食してみるとなんとなくバランスが悪い。野菜を中心とした繊細な料理が続いたところに、突然マッチョなお肉が登場すると、全体のバランスを崩してしまうのです。牛肉自体はとても美味しいので合格点に達しているのですが、もっとRestaurant渓のコースに合った、バランスの良い素材はないかと模索することにしました。

     

    そこで、かねてから考えていた鹿肉も同時並行で試食を重ねてみました。

     

    鹿教湯温泉は、鹿が文殊様に化身してお湯のありかを教えてくれたという伝説をもつ温泉場です。「鹿肉を食すのはいかがなものか」という地元長老の意見もありました。そこで、文殊堂を管理する天龍寺の和尚様に相談することにしました。和尚様は「鹿と一体になることで供養される。気になさらないで食しましょう」というお言葉を授けてくださいました。

     

    近年山で増えすぎた鹿は、畑の作物を荒らしたり植林した苗木の芽を食べてしまったりと、食害が問題となっていました。環境保全に寄与し、ジビエ食材としても注目され、脂身が少なく健康にも良いことから、メイン料理とするには最適のタイミングでもありました。

     

    鹿肉の質を追求する

    ただ、鹿肉をメイン料理で使うには2つの大きな壁を越えなくてはなりませんでした。

     

    一つは必要量を入手できるかということ。信州では鹿は飼育されていないため、猟に頼ることになります。そのため、流通量にばらつきがあり、ほしい時に必要な量を安定して入手することができないという欠点があります。

     

    そして、もう一つは野生ならではの品質のばらつきです。

     

    私は子供のころから鹿肉を食べてきました。地元の猟師さんから分けてもらい、母がいろいろな手法を使って獣臭を抜き、料理を工夫してくれました。鹿肉には、まったく獣臭のしない感嘆符がつくような美味しいお肉から、もう臭くて臭くてとてもじゃないけれど食せない肉まであります。品質の良くない肉は、どんなに料理で工夫をしても最後に少しだけ口の中に獣臭が残ってしまうのです。私自身はそのかすかな獣臭がどうしても気になってしまい、どちらかというと鹿肉は苦手な部類でした。

     

    猟師さんいわく、臭いの原因は猟の方法やその後の管理方法にあって、そういったポイントが押さえられていれば全く臭みのない良質のお肉になるのだとか。適切な場所に銃弾を当てて、直後にしっかりとした血抜きをして管理することが必要なのですが、これには大変手間がかかるので、猟師さんもそこまでの管理はなかなか難しいようです。

     

    地元の仕入れ業者さんを数件当たりましたが、2つのポイントを押さえて良質な鹿肉を常時提供してくれる業者さんには残念ながら出会えませんでした。

     

    レストランオープンまであと2か月というタイミングで、実はメイン料理の素材が決まってなかったのです。かなり焦りました。

     

    奇跡的な鹿肉との出会い

    獲物を狙う猟師。

     

    最後は長野県庁を頼り、長野県のネットワークのなかから、中信地方のとある業者さんを紹介してもらいました。

    最初はあまり期待しないで、その業者さんから仕入れをした肉を試食したところ、これがなんと、これまでの鹿肉のイメージを覆すようなお肉の味でした。まったく臭くないのです。牛肉と食べ比べてみると、むしろ牛肉のほうに獣臭を感じるくらいでした。しかも私たちの求める量をしっかりと安定供給していただけるとのこと。「これなら行ける‼」と手ごたえを感じて、この鹿肉一本でいくことにしました。

     

    この鹿肉の品質を保つためには、並々ならぬ努力と経験によって、猟の技術から肉の解体方法、保存法まで一貫した仕組みが構築されています。聞けば聞くほど他で真似のできない仕組みです。とにかく私たちにとっては奇跡のような邂逅でした。

     

    皆様の中にも、鹿肉を苦手とされる方がおいでになるかと思います。そういった方にこそ、ぜひRestaurant渓の鹿肉を試していただきたいです。これまでの鹿肉のイメージがきっと覆されることを保証します。

     

    →Vol.7は12/29公開予定です。お楽しみに!

  • 【新レストラン連載コラム⑤】たどり着いた「信州フレンチ」

    2023/12/01

    コースの一皿である「ガルグイユ」。何種類もの野菜料理を盛り合わせたもの。地元で採れた野菜を中心に構成している

    2022年11月に開業した「Restaurant渓」は、数年来考え続けてきた課題への私なりのひとつの答えであり、何よりお客様にとってより魅力的な鹿教湯温泉であってほしいという願いを込めています。

     

    今回は料理について、なぜフレンチのフルコースに決めたのかを振り返ります。

     

    和食なのか、洋食なのか、フレンチなのか

    レストランをオープンすると決めたとき、実は提供する料理のジャンルが決まっていませんでした。「鹿教湯温泉に宿泊するお客様だけに頼らないレストランを鹿教湯温泉に創る」ということを最初に決めて、その中身は未定だったのです。

    →(リンク)新しいレストランはハワイに学べ
    https://www.saito-hotel.co.jp/news/column/309.html

    料理のジャンルを決めなくては、建物のデザインや厨房設計などは進みません。和食、中華、フレンチ、イタリアン、インド料理、タイ料理、ベトナム料理……。日本では多くのジャンルのレストランが存在していて、それなりに繁盛しています。新規レストランをゼロから立ち上げると考えたとき、どこから手を付けて良いのか途方にくれました。

     

    そこで改めて条件を整理してみました。もちろん信州の食材を使うことが大前提です。

     

    第1の条件は「信州ワイン」でした。鹿教湯周辺の上田地域では品質の高いワインが生産されるようになってきていて、その反面、地域にそのワインを楽しめるレストランが存在していませんでした。ワインが高品質・高単価なので、それに見合った食事となると、それなりの品質と付加価値の高さが必要になります。地域のワインが楽しめることは絶対の条件です。

     

    第2の条件として、和食は選択肢から外しました。というのは、鹿教湯温泉内の各旅館での食事は和食が前提となっていて、いろいろなジャンルの食事が楽しめるということに反するからです。

     

    第3の条件は、ある程度の市場があること。例えば私は辛い料理とパクチーが大好きなので、東南アジア系のレストランに行くことが多いし、メキシコのタコス料理は普段から家で食しています。アメリカの西海外にあるタコスのファーストフート店がなんで日本に定着しないのか、不思議に思っている人間です。ですが、そういったジャンルは市場が小さすぎて、鹿教湯温泉のレストランとしては不適格だと考えました。

     

    和食以外にある程度認知度があって地元の人も気軽に選んでもらえるジャンルが良いと考え、フレンチ、イタリアンに絞りこみました。この2択であれば、斎藤ホテルのシェフがフレンチ出身なので、フレンチが自然で無理のない選択になりそうです。ちなみに、中華料理は郷土色が出しづらいのではないかということで、選択肢から外しました。

     

    え、これがフレンチ?

    新レストラン開業に向けて幾度ものミーティングを重ねた

     

    フレンチと決めてから、外部コンサルタントのアドバイスももらいながらメニューを開発・研究していきました。コース全体の品数や全体の構成を決めて、地元の野菜や肉・魚の素材を探して、盛り付けや味の組合せを工夫し、料理を試食してみる。試行錯誤を繰り返しました。

     

    同時に、フレンチ・レストランを社員と一緒に食べ歩きました。何件かの店を訪ねて体験し、料理に関する最新の書籍などで研究し、それらを実際のメニューにフィードバックさせ、試食を重ねていきました。素材の魅力を伝えるにはどうしたら良いか、地元らしさとは何か。信州の食文化とはなにか。そういったことを、試食を繰り返しながら皆で議論しつつ、メニュー開発は進みました。

     

    そして、ある程度自分たちの料理の方向性が固まってきて、社内での試食会をしていたとき、一人の社員が料理を食した後ふと言葉を漏らしました。

     

    「これってフレンチですか??」

     

    ん……? そういえばちょっと違うぞ。そう、私たちが認識しているフレンチというものは、ソースが不可欠で、ナイフとフォークがずらりと並び、クリームやバターたっぷりというものです。ところが、メニューを開発・検討を重ねる過程で、いつの間にか料理がまったく違う方向へ進んでいたのです。

     

    料理の流れや見た目などはフレンチと言えるかもしれませんが、素材を生かしたシンプルな皿、昆布やかつおなど出汁、漬物などの地元食を取り入れた結果、どちらかというと日本の会席料理に近いものになっていました。フレンチでもない和食でもない、うまく説明できない料理スタイルになっていました。

     

    いろいろな文化が融合した革新的な料理全般は、世間では「イノベーティブ・フュージョン」と分類されているそうです。私たちがやろうとしているスタイルは、まさにそういったジャンルに近い料理だったのです。

     

    それに気が付いたとき、正直「困ったな」という感想を抱きました。今までの経験から、お客様が食べたことのない食材や想像できないジャンルの料理には、高いハードルがあることを知っていたのです。食ほど保守的なものはありません。イノベーティブ・フュージョンという耳慣れないジャンルの料理がどんな料理か、想像しづらいのではないでしょうか。わたしたちが想定しているお客様からはきっと選んでもらえないだろうと思いました。かといっていわゆる伝統的フレンチとは明らかに違う。どうしたものかと思い悩みました。

     

    「信州フレンチ」にしよう

    信州の名産である鯉をつかった一皿

     

    そういった困惑を抱えながらもメニューの開発は進み、フレンチの要素は残しているものの、どんどんと独自色の強い料理になっていました。

     

    そんな折、ベトナムへ行ったときのことをふと思い出しました。ベトナムでは料理のジャンルに「ベトナム・フレンチ」というものが存在します。フランス統治下の時代に、フランス料理の料理人がハーブや香辛料など地元のベトナム料理を取り入れて、独自の料理として発展していったものです。

     

    そう、わたしたちがやろうとしていることも、フレンチの基本を大切にしつつ地元信州の食文化が融合した料理、まさに「信州フレンチ」だったのです。

     

    お客様は、一般的に料理に対してかなり保守的ですが、新しいものを食してみたいという、相反した願望をもっているように思います。安心して料理を楽しんでもらうためには、フレンチの基本的な技法を大切にしながら、地元の食文化を取り入れたほんのちょっとの斬新さや工夫が必要だと考えています。「信州フレンチ」にはそういった思いを込めています。

     

    →Vol.6は12/15公開予定ですお楽しみに!