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信州の静かな里山 長野県 鹿教湯温泉 斎藤ホテル

お知らせ

月: 2023年12月

  • 【新レストラン連載コラム⑦】トマトとの出会い

    2023/12/30

     

    オープン2年目に入った「Restaurant渓」に込めた思いを綴るシリーズの第7回目は、さまざまな地元食材の中からとっておきのトマトについてご紹介したいと思います。

     

    工夫されつくされているトマト

    トマトは家庭菜園で簡単に栽培できます。ポットに苗を植えてベランダで手軽に栽培でき、そこそこの品質のものが素人でも収穫できます。トマトの品種や栽培方法はかなり研究されていて、ここ上田市のでもトマト栽培を手掛けている農家さんは多いです。実際に味わってみると、どのトマトもそれなりに味があり、美味しくないトマトを探すのに苦労するくらいです。スーパーでも果物のような甘いトマトは普通に売られています。

     

    ですので、なんとなくトマトについては工夫もされつくされ、今まで以上に美味しいトマトを地元で入手することは不可能だろうと考えていました。

     

    ところが、ちょうどレストランをオープンするタイミングで、とんでもないトマトに出会ってしまったのです。それもなんとレストランから2キロも離れていない場所で生産がはじまっていました。まさに「灯台下暗し」です。ある女性が思いもよらない方法でトマト生産をはじめていたのです。

     

    温泉旅館からエステと酵素風呂、そして……

    「かぐやふあーむ」のトマトを育てているビニールハウス前にて。

     

    その女性がトマトを栽培しはじめるまでの経緯がなんともドラマチック。彼女は鹿教湯温泉のすぐ隣の大塩温泉の旅館で、地元でも有名な美人3人姉妹の長女として育ちました。私の2歳年上で小学校・中学校が一緒です。

     

    大塩温泉の旅館を先代から引き継いだ後、紆余曲折を得て、整体の資格を取得した後、大塩温泉でエステ店を経営しはじめました。鄙びた田舎にいきなりエステのお店を建てたものですから、地元でもかなり驚かれました。地元をすこしでも盛り上げたいという気持ちが強かったのだと思います。

     

    私は腰が悪かったため彼女の整体にしばらく通っていました。整体の腕はとてもよくて、私のゆがんだ骨盤も数年かけて矯正してもらい、おかげマラソンやトライアスロンに出場できるまでになりました。

     

    そのエステでは整体とともに「酵素風呂」というものを導入していました。おがくずを酵素で発酵させてその熱で身体を温めるというものです。じんわりと芯まで身体が温まる酵素風呂はなかなか人気で、事業は軌道にのったかのように見えました。ところが、コロナによって経営が厳しくなってしまったのです。

     

    バイタリティーが生んだ破格なトマト

    「Restaurant渓」で提供している「かぐやふあーむ」のトマトを使った一皿。

     

    先が見えない状況と売上減少にだいぶ悩んだのでしょう。バイタリティーがあり事業センス抜群の彼女は知人の協力を得て、なんと、その発酵おがくずを使ってトマトを栽培しはじめたのです。それも完全無農薬。農業についてまったくの素人がハウスを建て、人を雇用し、1年を通じて安定して出荷できる環境までつくってしまったのです。彼女の決断の速さと実行力には本当に驚かされます。

     

    彼女を動かしている動機は「無農薬で美味しいトマトを通じて多くの方に健康を届けたい」という願いと、「地元をなんとか盛り上げたい」という切実な気持ちです。2歳年上の幼馴染のようなものですが、経営者として尊敬している人の一人です。

     

    もちろんトマトはずば抜けて甘く美味しい。お客様にはそのトマトの甘さや食感を純粋に楽しんでもらいたい。そして、背景にある彼女の想いを感じ取ってもらえると、さらにそのトマトが味わい深いものに感じてもらえるのではないかと思っています。

     

    Restaurant渓で彼女のトマトを味わっていただき、ご興味がある方は、整体や酵素風呂もぜひお試しください。より、コンディションがよくなること請け合いです。

     

     

    【リンク】大塩温泉と酵素の力で、主役級においしい 「かぐやふあーむ」のミニトマト(Restaurant渓 信州の“おもてなし”Blog)

    https://saito-kei.jp/news/page/2/

     

    →Vol.8は1/12公開予定です。お楽しみに!

     

  • 【新レストラン連載コラム⑥】メインのお肉に悩む日々

    2023/12/15

    Restaurant渓で提供している鹿肉料理。

    オープン1周年を迎えた「Restaurant渓」に込めた思いを紹介するシリーズ、第6回目です。今回は、コースのメイン料理で使う「鹿肉」についてお話したいと思います。

     

    コース全体のバランスで頭を悩ませる

    なんといっても信州を代表するお肉といえば、リンゴで育った「信州牛」です。食感や味もかなりレベルが高く、安定して仕入れることができます。

     

    そこで、信州牛の各部位の試食をしながらメイン料理の検討を重ねました。

     

    しかし、です。かなりレベルの高い牛肉でも、コース全体のメインとして食してみるとなんとなくバランスが悪い。野菜を中心とした繊細な料理が続いたところに、突然マッチョなお肉が登場すると、全体のバランスを崩してしまうのです。牛肉自体はとても美味しいので合格点に達しているのですが、もっとRestaurant渓のコースに合った、バランスの良い素材はないかと模索することにしました。

     

    そこで、かねてから考えていた鹿肉も同時並行で試食を重ねてみました。

     

    鹿教湯温泉は、鹿が文殊様に化身してお湯のありかを教えてくれたという伝説をもつ温泉場です。「鹿肉を食すのはいかがなものか」という地元長老の意見もありました。そこで、文殊堂を管理する天龍寺の和尚様に相談することにしました。和尚様は「鹿と一体になることで供養される。気になさらないで食しましょう」というお言葉を授けてくださいました。

     

    近年山で増えすぎた鹿は、畑の作物を荒らしたり植林した苗木の芽を食べてしまったりと、食害が問題となっていました。環境保全に寄与し、ジビエ食材としても注目され、脂身が少なく健康にも良いことから、メイン料理とするには最適のタイミングでもありました。

     

    鹿肉の質を追求する

    ただ、鹿肉をメイン料理で使うには2つの大きな壁を越えなくてはなりませんでした。

     

    一つは必要量を入手できるかということ。信州では鹿は飼育されていないため、猟に頼ることになります。そのため、流通量にばらつきがあり、ほしい時に必要な量を安定して入手することができないという欠点があります。

     

    そして、もう一つは野生ならではの品質のばらつきです。

     

    私は子供のころから鹿肉を食べてきました。地元の猟師さんから分けてもらい、母がいろいろな手法を使って獣臭を抜き、料理を工夫してくれました。鹿肉には、まったく獣臭のしない感嘆符がつくような美味しいお肉から、もう臭くて臭くてとてもじゃないけれど食せない肉まであります。品質の良くない肉は、どんなに料理で工夫をしても最後に少しだけ口の中に獣臭が残ってしまうのです。私自身はそのかすかな獣臭がどうしても気になってしまい、どちらかというと鹿肉は苦手な部類でした。

     

    猟師さんいわく、臭いの原因は猟の方法やその後の管理方法にあって、そういったポイントが押さえられていれば全く臭みのない良質のお肉になるのだとか。適切な場所に銃弾を当てて、直後にしっかりとした血抜きをして管理することが必要なのですが、これには大変手間がかかるので、猟師さんもそこまでの管理はなかなか難しいようです。

     

    地元の仕入れ業者さんを数件当たりましたが、2つのポイントを押さえて良質な鹿肉を常時提供してくれる業者さんには残念ながら出会えませんでした。

     

    レストランオープンまであと2か月というタイミングで、実はメイン料理の素材が決まってなかったのです。かなり焦りました。

     

    奇跡的な鹿肉との出会い

    獲物を狙う猟師。

     

    最後は長野県庁を頼り、長野県のネットワークのなかから、中信地方のとある業者さんを紹介してもらいました。

    最初はあまり期待しないで、その業者さんから仕入れをした肉を試食したところ、これがなんと、これまでの鹿肉のイメージを覆すようなお肉の味でした。まったく臭くないのです。牛肉と食べ比べてみると、むしろ牛肉のほうに獣臭を感じるくらいでした。しかも私たちの求める量をしっかりと安定供給していただけるとのこと。「これなら行ける‼」と手ごたえを感じて、この鹿肉一本でいくことにしました。

     

    この鹿肉の品質を保つためには、並々ならぬ努力と経験によって、猟の技術から肉の解体方法、保存法まで一貫した仕組みが構築されています。聞けば聞くほど他で真似のできない仕組みです。とにかく私たちにとっては奇跡のような邂逅でした。

     

    皆様の中にも、鹿肉を苦手とされる方がおいでになるかと思います。そういった方にこそ、ぜひRestaurant渓の鹿肉を試していただきたいです。これまでの鹿肉のイメージがきっと覆されることを保証します。

     

    →Vol.7は12/29公開予定です。お楽しみに!

  • 【新レストラン連載コラム⑤】たどり着いた「信州フレンチ」

    2023/12/01

    コースの一皿である「ガルグイユ」。何種類もの野菜料理を盛り合わせたもの。地元で採れた野菜を中心に構成している

    2022年11月に開業した「Restaurant渓」は、数年来考え続けてきた課題への私なりのひとつの答えであり、何よりお客様にとってより魅力的な鹿教湯温泉であってほしいという願いを込めています。

     

    今回は料理について、なぜフレンチのフルコースに決めたのかを振り返ります。

     

    和食なのか、洋食なのか、フレンチなのか

    レストランをオープンすると決めたとき、実は提供する料理のジャンルが決まっていませんでした。「鹿教湯温泉に宿泊するお客様だけに頼らないレストランを鹿教湯温泉に創る」ということを最初に決めて、その中身は未定だったのです。

    →(リンク)新しいレストランはハワイに学べ
    https://www.saito-hotel.co.jp/news/column/309.html

    料理のジャンルを決めなくては、建物のデザインや厨房設計などは進みません。和食、中華、フレンチ、イタリアン、インド料理、タイ料理、ベトナム料理……。日本では多くのジャンルのレストランが存在していて、それなりに繁盛しています。新規レストランをゼロから立ち上げると考えたとき、どこから手を付けて良いのか途方にくれました。

     

    そこで改めて条件を整理してみました。もちろん信州の食材を使うことが大前提です。

     

    第1の条件は「信州ワイン」でした。鹿教湯周辺の上田地域では品質の高いワインが生産されるようになってきていて、その反面、地域にそのワインを楽しめるレストランが存在していませんでした。ワインが高品質・高単価なので、それに見合った食事となると、それなりの品質と付加価値の高さが必要になります。地域のワインが楽しめることは絶対の条件です。

     

    第2の条件として、和食は選択肢から外しました。というのは、鹿教湯温泉内の各旅館での食事は和食が前提となっていて、いろいろなジャンルの食事が楽しめるということに反するからです。

     

    第3の条件は、ある程度の市場があること。例えば私は辛い料理とパクチーが大好きなので、東南アジア系のレストランに行くことが多いし、メキシコのタコス料理は普段から家で食しています。アメリカの西海外にあるタコスのファーストフート店がなんで日本に定着しないのか、不思議に思っている人間です。ですが、そういったジャンルは市場が小さすぎて、鹿教湯温泉のレストランとしては不適格だと考えました。

     

    和食以外にある程度認知度があって地元の人も気軽に選んでもらえるジャンルが良いと考え、フレンチ、イタリアンに絞りこみました。この2択であれば、斎藤ホテルのシェフがフレンチ出身なので、フレンチが自然で無理のない選択になりそうです。ちなみに、中華料理は郷土色が出しづらいのではないかということで、選択肢から外しました。

     

    え、これがフレンチ?

    新レストラン開業に向けて幾度ものミーティングを重ねた

     

    フレンチと決めてから、外部コンサルタントのアドバイスももらいながらメニューを開発・研究していきました。コース全体の品数や全体の構成を決めて、地元の野菜や肉・魚の素材を探して、盛り付けや味の組合せを工夫し、料理を試食してみる。試行錯誤を繰り返しました。

     

    同時に、フレンチ・レストランを社員と一緒に食べ歩きました。何件かの店を訪ねて体験し、料理に関する最新の書籍などで研究し、それらを実際のメニューにフィードバックさせ、試食を重ねていきました。素材の魅力を伝えるにはどうしたら良いか、地元らしさとは何か。信州の食文化とはなにか。そういったことを、試食を繰り返しながら皆で議論しつつ、メニュー開発は進みました。

     

    そして、ある程度自分たちの料理の方向性が固まってきて、社内での試食会をしていたとき、一人の社員が料理を食した後ふと言葉を漏らしました。

     

    「これってフレンチですか??」

     

    ん……? そういえばちょっと違うぞ。そう、私たちが認識しているフレンチというものは、ソースが不可欠で、ナイフとフォークがずらりと並び、クリームやバターたっぷりというものです。ところが、メニューを開発・検討を重ねる過程で、いつの間にか料理がまったく違う方向へ進んでいたのです。

     

    料理の流れや見た目などはフレンチと言えるかもしれませんが、素材を生かしたシンプルな皿、昆布やかつおなど出汁、漬物などの地元食を取り入れた結果、どちらかというと日本の会席料理に近いものになっていました。フレンチでもない和食でもない、うまく説明できない料理スタイルになっていました。

     

    いろいろな文化が融合した革新的な料理全般は、世間では「イノベーティブ・フュージョン」と分類されているそうです。私たちがやろうとしているスタイルは、まさにそういったジャンルに近い料理だったのです。

     

    それに気が付いたとき、正直「困ったな」という感想を抱きました。今までの経験から、お客様が食べたことのない食材や想像できないジャンルの料理には、高いハードルがあることを知っていたのです。食ほど保守的なものはありません。イノベーティブ・フュージョンという耳慣れないジャンルの料理がどんな料理か、想像しづらいのではないでしょうか。わたしたちが想定しているお客様からはきっと選んでもらえないだろうと思いました。かといっていわゆる伝統的フレンチとは明らかに違う。どうしたものかと思い悩みました。

     

    「信州フレンチ」にしよう

    信州の名産である鯉をつかった一皿

     

    そういった困惑を抱えながらもメニューの開発は進み、フレンチの要素は残しているものの、どんどんと独自色の強い料理になっていました。

     

    そんな折、ベトナムへ行ったときのことをふと思い出しました。ベトナムでは料理のジャンルに「ベトナム・フレンチ」というものが存在します。フランス統治下の時代に、フランス料理の料理人がハーブや香辛料など地元のベトナム料理を取り入れて、独自の料理として発展していったものです。

     

    そう、わたしたちがやろうとしていることも、フレンチの基本を大切にしつつ地元信州の食文化が融合した料理、まさに「信州フレンチ」だったのです。

     

    お客様は、一般的に料理に対してかなり保守的ですが、新しいものを食してみたいという、相反した願望をもっているように思います。安心して料理を楽しんでもらうためには、フレンチの基本的な技法を大切にしながら、地元の食文化を取り入れたほんのちょっとの斬新さや工夫が必要だと考えています。「信州フレンチ」にはそういった思いを込めています。

     

    →Vol.6は12/15公開予定ですお楽しみに!