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信州の静かな里山 長野県 鹿教湯温泉 斎藤ホテル

お知らせ

【新レストラン連載コラム⑤】たどり着いた「信州フレンチ」

2023/12/01

コースの一皿である「ガルグイユ」。何種類もの野菜料理を盛り合わせたもの。地元で採れた野菜を中心に構成している

2022年11月に開業した「Restaurant渓」は、数年来考え続けてきた課題への私なりのひとつの答えであり、何よりお客様にとってより魅力的な鹿教湯温泉であってほしいという願いを込めています。

 

今回は料理について、なぜフレンチのフルコースに決めたのかを振り返ります。

 

和食なのか、洋食なのか、フレンチなのか

レストランをオープンすると決めたとき、実は提供する料理のジャンルが決まっていませんでした。「鹿教湯温泉に宿泊するお客様だけに頼らないレストランを鹿教湯温泉に創る」ということを最初に決めて、その中身は未定だったのです。

→(リンク)新しいレストランはハワイに学べ
https://www.saito-hotel.co.jp/news/column/309.html

料理のジャンルを決めなくては、建物のデザインや厨房設計などは進みません。和食、中華、フレンチ、イタリアン、インド料理、タイ料理、ベトナム料理……。日本では多くのジャンルのレストランが存在していて、それなりに繁盛しています。新規レストランをゼロから立ち上げると考えたとき、どこから手を付けて良いのか途方にくれました。

 

そこで改めて条件を整理してみました。もちろん信州の食材を使うことが大前提です。

 

第1の条件は「信州ワイン」でした。鹿教湯周辺の上田地域では品質の高いワインが生産されるようになってきていて、その反面、地域にそのワインを楽しめるレストランが存在していませんでした。ワインが高品質・高単価なので、それに見合った食事となると、それなりの品質と付加価値の高さが必要になります。地域のワインが楽しめることは絶対の条件です。

 

第2の条件として、和食は選択肢から外しました。というのは、鹿教湯温泉内の各旅館での食事は和食が前提となっていて、いろいろなジャンルの食事が楽しめるということに反するからです。

 

第3の条件は、ある程度の市場があること。例えば私は辛い料理とパクチーが大好きなので、東南アジア系のレストランに行くことが多いし、メキシコのタコス料理は普段から家で食しています。アメリカの西海外にあるタコスのファーストフート店がなんで日本に定着しないのか、不思議に思っている人間です。ですが、そういったジャンルは市場が小さすぎて、鹿教湯温泉のレストランとしては不適格だと考えました。

 

和食以外にある程度認知度があって地元の人も気軽に選んでもらえるジャンルが良いと考え、フレンチ、イタリアンに絞りこみました。この2択であれば、斎藤ホテルのシェフがフレンチ出身なので、フレンチが自然で無理のない選択になりそうです。ちなみに、中華料理は郷土色が出しづらいのではないかということで、選択肢から外しました。

 

え、これがフレンチ?

新レストラン開業に向けて幾度ものミーティングを重ねた

 

フレンチと決めてから、外部コンサルタントのアドバイスももらいながらメニューを開発・研究していきました。コース全体の品数や全体の構成を決めて、地元の野菜や肉・魚の素材を探して、盛り付けや味の組合せを工夫し、料理を試食してみる。試行錯誤を繰り返しました。

 

同時に、フレンチ・レストランを社員と一緒に食べ歩きました。何件かの店を訪ねて体験し、料理に関する最新の書籍などで研究し、それらを実際のメニューにフィードバックさせ、試食を重ねていきました。素材の魅力を伝えるにはどうしたら良いか、地元らしさとは何か。信州の食文化とはなにか。そういったことを、試食を繰り返しながら皆で議論しつつ、メニュー開発は進みました。

 

そして、ある程度自分たちの料理の方向性が固まってきて、社内での試食会をしていたとき、一人の社員が料理を食した後ふと言葉を漏らしました。

 

「これってフレンチですか??」

 

ん……? そういえばちょっと違うぞ。そう、私たちが認識しているフレンチというものは、ソースが不可欠で、ナイフとフォークがずらりと並び、クリームやバターたっぷりというものです。ところが、メニューを開発・検討を重ねる過程で、いつの間にか料理がまったく違う方向へ進んでいたのです。

 

料理の流れや見た目などはフレンチと言えるかもしれませんが、素材を生かしたシンプルな皿、昆布やかつおなど出汁、漬物などの地元食を取り入れた結果、どちらかというと日本の会席料理に近いものになっていました。フレンチでもない和食でもない、うまく説明できない料理スタイルになっていました。

 

いろいろな文化が融合した革新的な料理全般は、世間では「イノベーティブ・フュージョン」と分類されているそうです。私たちがやろうとしているスタイルは、まさにそういったジャンルに近い料理だったのです。

 

それに気が付いたとき、正直「困ったな」という感想を抱きました。今までの経験から、お客様が食べたことのない食材や想像できないジャンルの料理には、高いハードルがあることを知っていたのです。食ほど保守的なものはありません。イノベーティブ・フュージョンという耳慣れないジャンルの料理がどんな料理か、想像しづらいのではないでしょうか。わたしたちが想定しているお客様からはきっと選んでもらえないだろうと思いました。かといっていわゆる伝統的フレンチとは明らかに違う。どうしたものかと思い悩みました。

 

「信州フレンチ」にしよう

信州の名産である鯉をつかった一皿

 

そういった困惑を抱えながらもメニューの開発は進み、フレンチの要素は残しているものの、どんどんと独自色の強い料理になっていました。

 

そんな折、ベトナムへ行ったときのことをふと思い出しました。ベトナムでは料理のジャンルに「ベトナム・フレンチ」というものが存在します。フランス統治下の時代に、フランス料理の料理人がハーブや香辛料など地元のベトナム料理を取り入れて、独自の料理として発展していったものです。

 

そう、わたしたちがやろうとしていることも、フレンチの基本を大切にしつつ地元信州の食文化が融合した料理、まさに「信州フレンチ」だったのです。

 

お客様は、一般的に料理に対してかなり保守的ですが、新しいものを食してみたいという、相反した願望をもっているように思います。安心して料理を楽しんでもらうためには、フレンチの基本的な技法を大切にしながら、地元の食文化を取り入れたほんのちょっとの斬新さや工夫が必要だと考えています。「信州フレンチ」にはそういった思いを込めています。

 

→Vol.6は12/15公開予定ですお楽しみに!