長野県 鹿教湯温泉 斎藤ホテル あゆみ(歴史)

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長野県 鹿教湯温泉 斎藤ホテル 宿泊予約 フリーダイヤル 0120-311-079
斎藤ホテルのあゆみ(歴史)
あゆみ その1
 今を遡ること400年前、真田家ゆかりの側近に高梨釆女(斎藤玄藩介)という武将がいました。
 この斎藤玄蕃介こそ、江戸初期創業の斎藤ホテルの始祖であり、真田家の手厚い庇護を受けて鹿教湯の地割・帳貼を行い、温泉地開発に力を尽くした人物だといわれています。
 斎藤一族が祀った稲荷神社や文殊堂、薬師堂、そして温泉の中心的存在である共同浴場の整備等々、今も大切に保管される古文書を見ると、斎藤家の祖先とその一族が温泉管理に果たした役割の大きさをうかがい知ることができます。
 修行僧や猟師、農民が湯治に訪れた昔から、温泉の発展を担い地域開発に取り組んできた斎藤ホテル。
 「健康づくりの里」の先駆者として、先人の遺志を受け継ぎながら、新しい歴史の一歩を刻みつづける斎藤ホテルのこれまでの歩みをご紹介してまいります。
あゆみ その2
 「鹿教湯」という名を最初につけたのが誰かはわかっていません。
 しかし、山深いこの地に沸く温泉を教えてくれた鹿が文殊菩薩の化身だったという伝説は、古くから近隣はもとより遠く今日の都や江戸にまで伝わっており、「病治しの湯」「文殊菩薩の霊験あらたかな温泉地」として鹿教湯温泉を存在づけていました。
 文珠堂はそのシンボルとして、当地を訪れる人々の信仰を集めてきました。
 実はこの文殊堂は、開湯の時代からこの地で旅館を営んでいた当ホテル当主の先祖を中心とした地域の有力者が協力し合って建てたものと伝えられています。
 記録によれば、着工は元禄14(1701)年、完成は宝永6(1709)年。
 当時の一般的な寺社が、時の為政者や信望厚いお上人様やお坊様など、信仰の対象となる人の勧進(寄付集め)による建設であったのに対し、鹿教湯の文殊堂はまさに民間主導で建てられた寺でした。
 先祖たちにとって、この建設は大きな意義を持っていました。
 「文殊堂と文殊菩薩への信仰は温泉客誘致の切り札になる」と、彼らはそろばんをはじいたのです。
 だからこそ、私財を投じてまで、こんな山の中に立派な文珠堂を建築しました。
 文殊堂は、先祖たちの商売への意気込みを象徴するお堂でもあるのです。
 300年近い時を経た今、文珠堂は県宝に指定され、貴重な「観光資源」となっています。
 先祖たちの先見の明に敬服せずにはいられません。
あゆみ その3
 鹿教湯温泉は、古くから中気に効く温泉として知られていました。
 江戸の中期に、上州のお代官さまが療養のため一ヶ月滞在したという記録「中風日記」も残っています。
 しかし長い間、鹿教湯の中風に対する効果は、多くの医学者が研究しても解明できず、一種、神秘的なものとして捉えられてきました。
 けれども、鹿教湯温泉の先人たちは、どうやら開湯初期から、すでに鹿教湯温泉のもつ特異な条件に秘密があることを良く認識していたようです。
 というのは、鹿教湯温泉が温泉街から急峻な崖を下った川底に温泉源があったという地形に関係しています。
 そのころの湯治客は入浴のため宿から中気坂を下りそして共同浴場へ向かうため、降りたり登ったりしなければなりませんでした。
 鹿教湯温泉の先人たちは、多くの湯客の往復する姿が目に見えて回復していったことを目の当たりにし経験的に、入浴後の運動が脳卒中の後遺症に効果があることを確信していったようなのです。
 鹿教湯の地形的な特徴が、まさにリハビリに適していることを知った先人たちは、よりその効果をあげるためのいくつかの仕掛けを鹿教湯の街づくりので行っています。
 一例に、斎藤の一族が商売繁盛を祈願して祭った稲荷神社があります。
 稲荷神社は参拝するのにかなり歩いて登る山の中腹にあります。
 通常なら屋敷の敷地内に祭るべき神社が温泉街を見下ろせるような場所にあるのです。
 明らかに、入湯客の健康増進を目的として、建てられたと考えられます。
 我々も、この先人の知恵と実行力を見習い、トレーニングジム・温泉プールの「バーデン倶楽部」や鹿教湯の自然をいかしたウォーキングコース「里山歩き」など、より多くの方の健康増進のために、鹿教湯の温泉と運動療法を合わせて大いに活用していきたいと思っています。
あゆみ その4
 毎年5月下旬頃、鹿教湯の初夏を彩るエクスバリーの季節がやってきます。
 色鮮やかなエクスバリー・アザレアが、斎藤ホテル周辺で一斉に咲き乱れます。
 このエクスバリー・アザレアとは、英国の大富豪ロスチャイルド家が、代々「家の花」として守り育ててきたレンゲツツジの交配種です。
 19世紀中ごろライオネル・ド・ロスチャイルドが、200人以上の人と30の温室を使って作出した品種だといわれています。
 ほんのわずかしか市場に出回らない門外不出の花としてあまりにも希少なため、花好き、園芸家の間では「幻の花」と呼ばれるほど、エクスバリーはまさに高嶺の花でした。
 現在、鹿教湯で栽培されているものは、アメリカの業者にほんの一部出されたものを、斎藤ホテルが30年以上も前から、少しずつコレクションし、ロスチャイルド家にも劣らぬ愛情をもって、自家農園で大切に育て増やしてきたものです。
 鹿教湯が落葉性のツツジにとって最適な気候のこともあって、今や鹿教湯の初夏を彩る名物になりました。
 今年も満開のエクスバリーが皆様のお越しをお待ちしております。